2013年1月23日水曜日

近代金融システムの崩壊


昨年12月、その時は来たと言っていいだろう。

自民党党首が「無制限の金融緩和」「日銀法の改正も視野に入れ日銀を動かす」などと
発言したにもかかわらず国民はこれを支持した。

そもそもお金という存在を、お金という存在たらしめている中央銀行が、人の生活や
雇用なんかを考えて、お金を管理してはいけない。彼らは、お金を「額面の価値のあるものに、
し続ける」、という役割を担う。確かにデフレ続きでその額面は価値が変わってきたという
考え方もあるが、人の意図を組み込んだ、お金の管理は、まさに金融システムの
終焉と言えるであろう。

つまり昨年の12月をもって金融システムつまり我々の貨幣は意味合いが曖昧になった。


ただ、私自身はこの政策を支持する。

なぜなら、お金は人々の生活を便利にし、豊かにし、人類の発展に貢献する
ために作られたと考えるからだ。

現在はあまりにも経済弱者が多く、お金がないがために苦しむ人も多く、人類の発展に
貢献していると考えにくい状態にあるからだ。

そのため、私は、この政策を支持し、近代金融システムの終焉も享受したい。


そもそも、この貨幣経済を中心とした金融システムは、現在の世界の状況では
存続しえないと考える。それは、一気に進んだ
・ デジタル技術による環境の変化
・ グローバライゼーション
の影響による。これらの影響で、社会は一遍し、物事の価値、が大きく変化した。
この変化に貨幣やシステムそのものががついていけなくなったのだ。

そう、金融システムは崩壊し、終焉をむかえたのだ。と考えた方がいいと感じる。


ただ、終焉は終焉として、それでも、我々は生きていかなければならない。今後
どのようにして人類の共同体をうまく活性化していくのだろう。そういったシステム、
概念は、いつ生まれるのだろう。誰もわからない・・・・。ただ一つ言えるのは
今後は今までとは違う価値概念で生きていく必要がある、ということだ。

一万円札が一万円札の価値を持つのは日銀によって継続して保障されていくの
だろうが、「一万円」というものが何なのかを、改めて考え直していかなければならない
のかと思う。ものが買える、サービスが買えるというだけでなく、その数字自体が何の
指標なのか、定義しなおす必要があるのかもしれない。




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